社会人から教員になった30代後半のおっさんブログ

社会人からふとしたきっかけで教員免許取得へ。

pomera DM200 ポメラDM200 を買おうか真剣に悩んでいる話

表題の通り。

 

ポメラに関しては説明不要ということで話を進めて。

 

まあ、ワープロですよね。実機をなかなか見る機会もないんですが、実機がある店舗に行けたので触ってみたのです。確かに良い。

 

いい感じの小ささ。キーボードは若干小さい。今はacerのクロームブックでこれも書いているけれども、まあこれよりは小さい。当たり前。キーストロークとか難しいことはわからないけれども、なんせボタン自体が小さいからね。普通にノートパソコン使っている人からしたら小さい、って感想じゃないかな。

 

画面は思ったよりも大きい。

表示もくっきりはっきりしているので必要最低限という感じ。

 

レスポンスはわからない。少なくとも文字を打った瞬間に表示はされているのでよっぽど動体視力に優れている人でなければ問題はなし。

 

筐体は思ったよりでかい。まあ、こんなもんじゃね?って感じもする。

 

買ったかというとNO。

 

高いんよね。35000円。

 

高く感じてしまう、ってのが実際のところ。それだけの価値があると思えば買えるし。

けどもなあ、「書くことに集中できる」といえばそうではある。

 

でも、今もこのブログを書くにあたってはネットに接続してようがしてまいが、あまり大差はない。

 

ポメラがあることでトリガーにはなるだろうね、きっと。

 

ほしいときに買うのが吉のような気もしつつ。今はまだ待機。

洋書の話

いや、別に忘れてたわけではないんです。

飽きたわけでもなく、書くことがないわけでもない。

 

ただなんとなく、です。空いてたのは。

 

英語の本、色々買っているので紹介もしたいなあ、なんて思っていますし、最近のICT教育とそのターゲット層についても書いてみたい。

 

でタイトルの件ですが、この間とある映画の原作を読もうと思って調べてたんですね。タイトルと作者名をgoogleさんに入れると検索候補が出るじゃないですか。

で、検索候補を見るとその後にpdfって書いてある検索候補があるわけですよ。

おや、と思ってそれを興味本位でクリックすると検索結果の一番最初に出てきたのはガチのスキャンしたpdfデータだったんです。

ええ、まじか、これ完全に違法ですやん。となりますよね。

恐ろしい世の中になったもんですね。他の本ではどんなんやろ、と思って某有名ドラマ化されたゾンビもののコミックの名前を入れてみました。これの一巻はkindleなんかで無料公開されてた気もするので出ちゃうかなーとか思ってたら普通に出ちゃいますね。

 

洋書の多読って推奨されていますよね。確かに多読をするとリーディングスピードは上がります。自分も多読というほど読んでいませんが(なんやねん)好きな本は原書で読んでいます。原書で読むと知らない単語も出てきたりしますが、勢いよく読み飛ばします。どうせ話の流れで理解できますしね。

この読み飛ばし力は結構大事で。英語の問題解いたりするときはこうやって読み飛ばせることも大事だったりします(もちろん時と場合によります)

 

で、ここから更に脱線しますが、内田樹先生の本だったかな?にありました。

最近は文章でわからないことがあってもそこで引っかからずに読み飛ばしてしまう子供が多い。本来はここで、これはなんだ、と引っかかることが大事なんだ

 

のようなことが書いてあったように思います。全くもって原文ママではなく、こちらが勝手に解釈した内容を書いただけですのであしからず。

 

なもんで読み飛ばしグセも良くはないのかもしれませんね、という脱線を経まして。

 

まあ、多読って大事なわけです。

でも洋書って高いわけです。

日本人的にもこんな無料で生きた英語が読めるなら・・・って思わなくもないですけど。

自分も学生だったら手を出しちゃうかなあ、とか思いながら。

 

でもね、こんな違法っぽいことせずとも著作権切れの作品読んだりもできるんですよね。日本で言うところの青空文庫みたいなもので

www.gutenberg.org

このサイトは特に有名?なのかな?

 

著者ごと、作品ごとの最近の人気みたいなランキングも見れて面白いです。

いわゆる「不朽の名作」がたくさんありますので良い。

 

当然ですが初級者向きのものばかりではありません。

ただ学習者とか物語好きな人って結構これらの和訳版読んでたりすると思うんですよね。和訳版読んでたら正直原書版はなんとかトライできると思いますしね。

 

ちなみに我が家の机には今手をつけてもいない洋書が10冊以上おいてあります。所謂積ん読という流行に乗ってるわけですが、紀伊国屋さんが年に1回、洋書セールみたいな罪深いイベントをやってくださるんですよね(神イベントです)

普段あんなにお高く見える洋書がこの期間中は日本の小説レベルの値段で買えちゃうんです。

そりゃ毎日でも通いたくなりますよ。しかも帰り道にあったりしたら本当に寄っちゃいますし、買っちゃいますよね。

でそんなこんなで積まれているわけです。

 

これも次のセールまでになんとか消費しないと、どうせ次でも買っちゃうし。。。。

 

ということで今回もオチもなにもないエントリでした、とさ。

コロナの再拡大に関して思うこと

休校は必要ない、はまずいように思うんですけどねえ。

 

休校すると、保護者も会社にいけなくなる人が多くなって、経済的な損失が増えるのはもちろん。これは非常にきつい。

 

一方で、学校ってそんなに秩序が守られている場所では無いとも思うわけです。教員のリソースにも限界があるし、消毒しまくれ、って実際にどれくらいの学校がやれているんだろう、とも思います。

 

教育困難校の先生に話を聞くこともありますが、校内で喫煙したり暴れたりするような生徒がたくさんいる状況で、どうやって昼食を個別に黙って取らせることができるのでしょう。日々起こるトラブルに対処し続けている教員に、昼休みも見回りをし、生徒から嫌味を言われ、時に胸ぐらを掴まれながらそれでも黙ってご飯を食べるように指導するよう言えますかね。

 

小学生くらいなら、と思う人もいるでしょうが小学校とて似たような状況の学校はたくさんあります。

まあ、普通に考えたらですよ、学校のレベルはたくさんあるわけです。たくさんあることが良いことなのです。

で、そうなると2,3割の教育困難校があるわけです。

 

そんな学校、昼飲みやら路上宴会やらよりもえげつないことになってたりしますよ。

普通にマスクしてない生徒もたくさん登校してくるようです。校内で着用する、みたいな。

取っ組み合いなんかも普通にやります。

そりゃ若年層のリスクのほうが低い、ってことは知っているし、そうなると「自分だけはかからないだろう」バイアスがかかるのは必死です。

 

政策とかって高偏差値の学校に行ってた人たちが決めるわけです。

自分の実体験からすれば

 

「学校は秩序が守られているだろう」

 

ってな感覚でやりますよね。

 

正解は「半分強の学校ではギリギリ秩序が守られている」

だと思いますけどね。

 

休校はあり得る、くらいのほうが良いんじゃないのか、とも思います。

 

あとね、GIGAスクール構想も現場では結構止まってんじゃないの、とも思う。

切迫感無いと物事は動かんよ、と思う次第。

iPad,Chrome book, PC の使い分け

上記のものを併用したりしつつ雑感。

 

残念ながらAndroidタブレットは使っていません。

 

最近iPadの性能がすこぶる良くなっており、かつトラックパッドにも対応し、紙とペンのように使えるので非常に便利なんですが、一方で苦手なことも。

一番厄介なのが、ブラウザで使えれば使い勝手の良いサービスをブラウザ上で使おうとすると強制的にアプリに飛ばされたりすること。アプリ開発してるしそっち使ってね、ってことなんでしょうけど、アプリ版はあくまでアプリ版。

すべてのサービスを使用できるように作られていなかったりします。

全部が全部そうではないんですが、最近使用しているサービスの使い勝手が非常に悪く辟易しています。

 

個人的な感想ですが、例えば授業準備だとか教材研究、整理などはPCのほうが向いているなあ、と言う感じ。

 

ただ、google のサービス(ドキュメントとかスプレッドシート)は使いやすいですよね。もちろんword exelのほうが使い慣れているのでそれはそれ、なんですが、ネットのつながっているところなら資料共有とかが圧倒的に楽になる、ってのは捨てがたい魅力です。

 

で、PCのほうが、と書きましたが、それなら安価なchromebook  でも良いな、と言うことになるんですね。

 

随分前のエントリでchromebook 買った、と書いているんですが、あの時点からいままでガシガシ使い倒してほとんど不具合、不便さを感じません。

キータッチが安い、ってのも慣れるとなんとも無いし、そもそも高級品をあんまり使ってないからよくわからん。

安すぎるせいなのか、Wi-Fiが切れたりする、位ですかね。

内部ストレージがほとんど無い、ってのがネックのように書かれてたりしますが、そもそも内部に何かを貯めることは無いし、論文なんかを読むPDFくらいは内部ストレージにおいておけます。USBメモリも使えますから別に良いですしね。

 

使い倒して遅くなったり、ってこともありません。起動は爆速。そして電源切ることもあんまりなかったりしています。そのままスリープにしておいても余裕。

毎日充電しなくても大丈夫だったりもします。(教員って授業の合間くらいしか触らないですしね。)

電源もUSB type Cなんですが、専用のケーブルだと普通に充電できるんですが、携帯用のものでも低電力の充電器やから遅いよ、と言われつつもなんとか充電してくれます。

 

で、心理的ハードルも低い。これは私の懐事情のせいではありますが、10万超えるノートPCをぞんざいに扱えないんですよね(小心者なだけ?)

けれども3万切るような機種でしたら、いっそガシガシ使ってやろう、ってなもんでガンガン使えちゃいます。

 

人にちょっと貸すにもゲストモードがあるのでひょいっと貸せます。

 

っとここまで書いて、明らかにchrome book 推しすぎますね。

 

自分としては仕事はchromebookiPad の併用で十分という結論です。

 

どうせ職場支給のPCをはウィンドウズでオフィス入ってるよね?って前提ですが。

 

久々に書いてこんなエントリかい、っていう。。。。。

ルールが「なぜあるのか」と問うのはナンセンスだと思う

特に教育現場ではね。仕事をしている人間として書いているのではなく、学校ってのはこんなもんじゃね?という話。

よくある話で、例えば「スカートの丈は何センチ」だとか「髪型はこう」だとか色々な校則ってものがあるわけ。

で、そこで校則違反をする人も出てくるんですが、その人達の中には

このルールはなぜあるんだ

などという話に持ち込む人がいるようです。

 

で、それは保護者という「大人」まで参戦してくる事態もあるわけです。

 

社会や学問において「なぜ」はとても重要ですが、学校現場の「ルール」に対してその問は無意味だと感じます。

というかそもそも教育って、ルールの是非に関してそもそも想定してないんちゃうかな。まあ、此のへんは色々な書籍などでも色々な意見があるのでさておき。

 

そもそもルールを守る必要もあるわけです。

 

学校て例えば、「コンビニ」みたいなものだとします。コンビニに行く人はコンビニで得たいものがあるし、そのために対価も払います。

ところが、コンビニに入ってきて「着物をください」と言う人がいるわけです。

「コンビニなんで着物はないよ」と言うと

「なぜそんなルールがあるのか」と聞いてくるのです。

「なぜも何もそういうものだから」というと

「それは説明になっていない、お前じゃ話にならん、店長を出せ」と言います。

「店長を出したところで何も変わらないので出しません」

というと、その客の保護者と名乗る人が出てきます。

「こっちは金を払っているのだから客だ、その要望に応えないとは何事か」

というのです。

「着物がほしければ着物屋さんに行けばいい」というと

「この店から出ていけということか」と激昂しSNSに書き込みます。

「お客さんね、ここで着物をよこせというのはナンセンスですよ」

なんて事を言うとさらに激昂します。

 

で、こんなやり取りの間、普通のコンビニのお客さんは待たされています。

そのクレーマーが口からツバをバンバン飛ばすので、買いに来たおでんは謎の液体がたくさんかかった状態で提供されます。

 

いつもこんな事を考えてしまいます。

授業を妨害するような人もまさにこれですよね。正規に提供されるべき質の良い授業をわざわざ妨害してくるってことは、人の持っている商品をわざわざ汚しに行ってるとしか思えません。

で、このお店の客層によってルールは変わるわけです。ここも重要。

2人に1人が万引する店ならば、出口で身体検査されてもしょうがない。

逆にそんな実績のないクリーンな店舗ならルールはとことん緩いでしょう。その分口から謎の汁をおでんにぶち込んでくる輩もいません。

 

 

確かに無意味に見えるルールもあるけれども、それが作られた背景があるし、それで得をしたり利益を享受できる側があるからルールがあるのでしょう。

そのルールがどうしても気に食わないのであれば、正当な手続きでルール改正を主張すべきだし、そもそも主張しても良い場所なのかを確認する必要がある。

とか思うけどなあ、ってな話。

 

別に教育的な配慮云々は知らんけども。

学校ってそういうもんじゃね?という雑感でした。

twitter怖い

情報収集もできるし、と思って個人的にやっていたTwitter(ほぼ見る專門で、知り合いのみ)以外にアカウント作って同じ業種の人たちをバーっとフォローして見ていたわけです。

ってかそもそも個人用のソーシャルメディアはほとんど非公開にしました。いままで別業種だとそう困ることもなかったんですが、今は生徒に見られてどうじゃこうじゃ、って面倒すぎるので。おそらく程度の良い学校にお勤めの先生はそうでも無いのでしょうが、困難校で自分のパーソナルな情報がネットで見られる状態というのは非常にリスキーです。

保護者とかも見るでしょうしね。

 

で、同業種の人たちを見ていると、まあ皆さんお疲れですね。そして怒りに満ち溢れていらっしゃいます。別にそれは良いんです。だって現実ですもんね。サビ残しまくり、クレームだらけ、職場環境も悪いし、しんどいし。愚痴はいて共感してもらってちょっとスッキリする、ってのもありでしょう。(まあ、若干職場内とか知人とかと愚痴り合いして発散してもいいんじゃ?とは思ったりもしますが)

 

でそういう人たちでも有益な情報なんかつぶやいてくれたり、何気ないつぶやきがこちらの発見になったりモチベーションになったり、面白い部分もたくさんあります。

 

ただ自分の探し方が悪いのかもしれませんがやたらと小学校の先生方が多いようにも感じます。なぜだ・・。

 

で、怖いのはなんじゃというと、愚痴はいて「うんうんわかるー」とか「お互い頑張ろうぜ」で終わればいいところをやたらと喧嘩売っていく好戦的な輩が多数いるところです。

なんかもう自分の主張と違ったら許さないぞ!!みたいな。

んで論破してやる!って躍起になって、おこちゃまの喧嘩みたいにヒートアップしていく人たち。

外面だけ体裁整えてたりはするものの、何やら偉そうな学者の本やら論文を引っ張り出してきて「ほら見ろ!こっちのほうが正しいんだ、謝れバーカ」みたいなことやってる。

 

わざわざ見えるように陰口書いて、仲間内であいつやべえよな、みたいな事やったり。

 

わざわざ教員です、ってアカウントでやりながらそんなことやってんだもんね。

生徒と変わらん。

 

SNSって別にいろんな主義主張があって当然だと思うし、そういう意味では喧嘩売ろうが別に構わんわけですけどね。

「先生です」と書いてそれやんのはなんなんだ、と。

建設的になっていくんなら良いんでしょうけど、そこは匿名の怖さというか人間の浅はかさというか、結局おこちゃまの喧嘩に落ち着くわけです。

 

情報集めようと思ってみてたら、喧嘩やってるしなんじゃこれ、となったわけです。

怖い場所だなあ、と。

 

見る見ないもこちらの自由なんでどうでもいいんですけどね。

 

 

習うより慣れよ

一般企業ではそんなことないとは思うし、イケてる(語彙力)組織ならそんなことないとは思うけれども、なにか新しい事をする時(システムやら規則やら)に何かと

 

研修しなきゃ!

 

みたいな事になるのは何なんだ。

あれは年を食っている連中だからなのか(自分も決して若くはない)、頭が悪いのか、それとも教員だからなのか?

 

しかし年を食ったらそうなる、かと言われると柔軟な大人なんてくさるほどいるし、頭が悪いのかといったらまあ、新しいことをしなきゃ=研修だ!と考えるくらいには頭は悪いのだろう。ここで言う頭の悪い、という表現は差別的なものでもなんでもないけども。

 

で、まさかの教員だから、って話ありそうじゃないですか。

どうにも「物事は習ってから」的な考え方がある人はやたらと多そうなイメージ。

実際に周りに結構いる。

 

でね、新しい規則が必要ならまず読み込む、で解釈する、咀嚼する。って作業が先のはずで、やたらと研修会みたいにしたがるのは何じゃいな。

じゃあICTガンガン導入ね、ってなってすぐ研修会ってなんやねん。

まず触れ! まず慣れて! 

世の中のエンジニアたちが切磋琢磨して(おそらく)我々素人にも使いやすいものをたくさん作ってくれている。

おそらくそれらは説明書などあまり必要のない仕様になりつつある。

「最近のものは説明書がなくって」

 

いやいや。

 

最近のものは説明書がなくても使えるように設計されつつあるんでしょうに。

 

で、しれっと自分が使いたいものは説明書がなくても使うわけで。

結局モチベーション次第で使えるんですよ。

わざわざ研修的なものをして人的コストをかけて時間を強制的に使う必要なんか一つもない。

 

教育現場も変化しなあかん!って言ってアクティブでアダプティブな授業を、ってやたらと横文字が飛び交い出して、変革はいいことだけども頭の固い人たちが多い中では難しいこともたくさんありそうだなあと思う次第。

 

ついでに言うと最近のこのやたらと横文字が飛び交う教育業界、きな臭いことになってきてるなあと薄らぼんやり思う。

 

国の教育って割と重要なことなのに、若手のベンチャー企業みたいなノリでええのん?

 

横文字使ってとても急成長してる会社がたくさんあることは知っているので横文字をやたらと使うことを否定したり揶揄してるわけではなく、もっとこう、教育業界って「どっしり」構えるべきちゃうのん?ということですよ、あしからず。