社会人から教員になった35歳のおっさんブログ

社会人からふとしたきっかけで教員免許取得へ。

天職という言葉の怖さ

よくある仕事に関しての価値観のお話。

 

仕事ってお金のためなのか、地位や名声のためなのか、それともそんなの関係なしに天職と言ってしまうのか。

研修なんかでもよくあるやつですね、job  career  calling  さあどれでしょう、ってな。

 

自分なんかはあっさりしてる人間ですし、割り切って物事考えるし、色々考えてみるにやはり「お金」大事です。というか「天職」って言うのに抵抗がある?というか。

転職組の人達は割合「お金」っていう人多いと思っています。

仕事色々やってみて、「教員もやってみっか!」とか「どうせ働くならちょっとでも面白そうな教員にしよかな」みたいなスタンス、ありませんかね。そりゃあ興味あるから飛び込んできたり、あとから免許取ろうか、という姿勢にもなるし。

 

昔に言ってた「デモシカ教員」とは違いますよ。(教員でもなるか、教員しかなれないや、のデモシカです)どうせやるならちょっとでもおもろい方選択しよ、みたいなもんです。

だって教員の世界に高給取りに来るわけでは決してないですしね。

 

でね、おそらく、いやほぼ確定的に、「教員は天職だ」と言ってのける人って多いと思うんです。

言ってのける、って書くと悪意あるように見えますけどね、悪意というよりは、すごい勇気だな、と思うんです。

なんというか、表現しにくいのですがやはり自分としては違和感を感じる。

 

でね、これは置いておいてこの「天職チーム(の一部)」は言うわけです。

 

「学生時代に夢を見つけろ」とか「進路早く決めろ」とか「やりがいのあることを見つけろ」と。

 

全員が言うんか知りませんよ、もちろん。偏見も込みで書いていますけどね。

 

こっちからするとね、社会人やった後に進路変更してきてるわけですよ。なんやったら事務処理能力とかその他諸々の社会人スキルは得てきているわけです。決して現場で見劣りしないようなモチベーションも持ってきています(じゃないとわざわざ転職しないし)

 

そういうこちらから言わせてもらうとね、「見つかるか!(決まるか!)んなもん!」ですよ。

大人だって迷いながら生きてますしね、教員だって迷う。そりゃあ子供の時からの夢を実現させた、って人も居るにはいます。けどもそうじゃあない人も沢山いるしね。そうじゃあない人の為のプランニングだって必要だと思いますし、なんならそっちの方が多いんじゃないの?って。

焦って将来の選択肢の幅を狭める必要ないんだけどなーって。

 

そんでね、別にこれ悪口じゃあないんですよ、じゃないんですけどついでに書いておくと、この天職って言っちゃう人たちの一部って、多少事務スキルが低かったりコミュニケーション能力が低かったりしても、「俺は教えることしか出来ないから」みたいな事思ってそうで嫌なんですよね。なんとういうか上昇志向が無いというか。努力しないんです。「やったことないから」「できないから」「理系(文系)じゃないから」みたいな言い訳をしこたま持っている。あくまで「一部」ですよ。本当に素晴らしい先生方が沢山いらっしゃる事も知った上での発言です。

 

天職って、すごくいい言葉じゃないですか。お金も名声も要らない、自分にできる使命として仕事を行う。

そこまでちゃんと責任を取れるならね。

 

自分は「お金」派でいいのです。

お金ってとっても大切なことを知っているつもりなので、そのお金に見合うだけの働きをちゃんとするし。だから努力するし。

 

なんのこっちゃよくわからん記事になっていますが、思ったことをツラツラと。